書評

海辺のカフカ | 村上春樹(著)

海辺のカフカ | 村上春樹(著)

2002年、いまから20年前に出版された村上春樹の長編小説。
上下巻でKindle版だと合本版を購入できる。私はKindle PaperWhiteで読み終えた。

主人公は15歳の少年。父親とのすれ違いの生活から抜け出し、東京から四国へ一人での旅にでる。
母は姉を連れ出て行き、自分は捨てられたのだという喪失感を抱きつつ、旅の先で出会う個性的な人々。
姉のような女性「さくら」と出会い、中性的で哲学的な青年「大島さん」と出会い、母のような女性「佐伯さん」と出会う。

図書館で暮らすようになった彼には不思議な現象が起き始めると前後して、東京では猫と会話ができる不思議な老人が事件に巻き込まれる。
二つの物語が交差し、奇妙な事象が起きていくというストーリー。

怪異的で、猟奇的であり、性的で普遍的で哲学的で音楽的である

物語を追う小説という感覚で読み進めるのは違うなと読書の半ばで思い直した。
一般的で筋の通ったストーリーがそこにあるのではなく、時には怪異的で、猟奇的であり、性的で普遍的で哲学的で音楽的な文章が並ぶ。

次第に脳は面白いと感じるのだが、これは視点の違う各章の物語と、深まる登場人物の思索の波に揉まれ、一種のバグのような状態に揺さぶられた結果だったように思う。

「海辺のカフカ」のカフカとはチェコの言葉で烏を意味するそうだが、主人公の内面のような存在として「カラスと呼ばれる少年」が時折顔を出す。
この少年が自身を客観的にみるように、一人称から突然三人称に変わる展開が見られるが、終盤においては、さらに視点が変わり続ける技巧が面白い。

全体を通してナーバスであるのだが、中和するように明るい登場人物「星野さん」が不思議な老人と旅を始める。
彼が出会うのものまた怪異的で性的で哲学的な人物たちだが、その会話が小気味良く、難しい話はわからないと言い切る彼に自分を重ねたりすることが多かった。
なにせ難解な村上春樹作品の中で救いのような存在で、彼の活躍も大きく、物語の中では爽快感がある。

この作品の中ではメタファーという言葉が多く用いられる。隠喩、暗喩、比喩のことだが、目の前に現れる何か、例えば事象は、事故の精神的な感情や人類の大いなる意志のメタファーであるのだというのが、テーマの一つとしてあるようだ。

癖になるような物語展開と、哲学をしたいと思う日におすすめの一冊。
少し性的な度合いが強い気がするのでその点は注意いただきたい。
猫好きな方にもあまりおすすめしない。