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具体と抽象を理解しよう
こういう会話に身に覚えがないでしょうか。
「ちゃんとやってほしい」
「もっとがんばろう」
「少し考えたほうがいい」
人を注意したりアドバイスしたりするときについつい出てしまう言葉です。私もよくやってしまいます。
これらのセリフに含まれる形容詞は、確定できる意味を持ちません。
例えば、「ちゃんと」とは人によって受け取り方が違う、非常に抽象的な言葉です。
「ちゃんとやってほしい」と言われた人の多くはこう思うはずです。
「ちゃんとやってたけどなぁ」と。
指摘された当事者にとっては具体的な行動であったにも関わらず、指摘者にとっては「ちゃんとやっている」ように見えなかったためこのようなやり取りが起きてしまいます。
当事者と指摘者。この二人の間では何が起きているのでしょうか。
本日は、こちらの書籍を参考に、「具体と抽象」について整理します。人間の特性であるこの抽象化の能力をぜひ理解しましょう。
「具体⇔抽象」トレーニング 思考力が飛躍的にアップする29問 (PHPビジネス新書)抽象から分岐する具体
抽象的な形容詞は、言葉として確定する意味を持ちません。
「ちゃんと」という言葉には、状況によって以下の複数の意味として「具体化」することができます。
・仕事の量を増やす
→件数を多くこなすことで「ちゃんとやる」
→担当する案件を1つ増やす
・仕事の質を上げる
→生産物の見直しをするなどし、「ちゃんとやる」
→タイムスケジュールを変更し、30分の自己レビュー時間を設ける
・仕事のスピード感を上げる
→効率化することで「ちゃんとやる」
→共通の業務を抽出し、エンジニアに自動化ツールの開発を依頼する
同じ「ちゃんとやる」であったのにも関わらず、全く違う「具体的」行動に変換されてしまうことが分かるかと思います。この例では以下のように、結果的に3つの「具体」に変化してしまいました。
↓
「ちゃんとやってほしい」(抽象)
↓
(具体が分岐)
1. 担当する案件を増やす
2. スケジュールを変更する
3. ツールを開発する
「具体→抽象→具体」の過程で、このように結果が複雑に分岐してしまうことを防ぐには、どうすればよいでしょうか。
具体と抽象は相対的な概念
具体と抽象が相対的な概念であることを理解すると、こういった問題が解決がしやすくなります。
例えば、「大きい」と「小さい」は抽象的な言葉です。この言葉をより具体化するには、「何と比べて」という形容をするとよさそうです。
「大人と比べて、子供は小さい」
これは体格の大きさが違うことを端的、かつ具体的に表せています。しかし、比較対象を変化させると、次のようにスケールが変わっていきます。
・子供と比べて、ボールは小さい
・ボールと比べて、ウイルスは小さい
・ウイルスと比べて、原子は小さい
このように、「小さい」という抽象的な言葉、そして比較対象を加えて具体化した言葉は、相対的な概念であり変数的であると言えます。
冒頭の「ちゃんとやってほしい」に転用するならば、何を比較して「ちゃんと」であるのか、具体化するとより良い指摘になったと考えられます。
定性と定量の要素
相対的な視野を持つことで、抽象度を下げて伝えることが出来ると言えます。ここで好ましくないのは、相対的な視野ばかりに囚われ、定性的、定量的に抽象度を下げる努力を忘れてしまうことです。
「ちゃんとやってほしい」
これを、
「○○さんのように、ちゃんとやってほしい」
と具体化したとします。
これは、まだ抽象度が高い状態です。「○○さんの仕事」の、一体どの部分を指して言っているのか、複数の解釈が可能であるからです。
ここで定性的あるいは定量的な概念を付与していくと良いでしょう。
定性的とは、数字では表せない「性質」を示すことです。
定量的とは、その対義語として用いられる「数字」で示すことです。
仕事の指示について「定性的」「定量的」に表現した時の例は、次のようになります。
定性的の良い例悪い例
(同一性、解離性)
× 正しいか確認してほしい
○ このパラメータが、設計書と実機とで同じ値であるか確認してほしい
(明確性)
× わかりやすく手順を書いてほしい
○ 手順書には、コマンドの実行結果を明記してほしい
定量的の良い例悪い例
(容量)
× ディスク容量がいっぱいなので減らしてほしい
○ ディスク使用率が90%に達しているので、70%まで削減してほしい
(回数、人数)
× しっかり確認しながらやってほしい
○ AさんとBさんでダブルチェックしてほしい
そして、具体的であればすべてが良いというわけではありません。上記の「ダブルチェックしてほしい」の例では、同じ作業が複数回行われるなら、毎回毎回、具体的にダブルチェックのやり方を説明する必要はないでしょう。
回数を重ねるごとに、「ダブルチェック」という抽象的な説明で十分通用するようになるはずです。
世界は三角形で出来ている
このように具体と抽象は、注意しなければ曖昧になってしまったり、具体的過ぎて不適切であったりと、扱いが難しいものです。さらに、適切に抽象度の高い言葉を使うことは、コミュニケーションの上で利便性があることも分かりました。
しかし、抽象の利便性に頼ってしまうと、抽象の罠にはまります。抽象的な言葉ばかり使い、具体性のない言葉を多用してしまった結果、コミュニケーションが難航することがよくあります。思い当たる節がある方も多いのではないでしょうか。
例えば「IT(情報技術)」は抽象度がかなり高い言葉です。
仕事を「IT」としてひとくくりに言っても、様々な分野があることはご存じかと思います。
ITの仕事には大きくSI(システム開発)、Web開発、業務アプリ開発などに分けられます。その中で、さらにはフロントエンド、バックエンド、インフラなどの領域ごとに分野に分かれることと思います。そして、実際の人材に与えられる役割はプロジェクトマネージャやシステムエンジニア、プログラマ、運用担当者などに分類されます。
図にするとこのようになります。上に行くほど抽象度が高く、下に行くほど具体的です。
この図を三角形で表したことには理由があります。上に行くほど情報量が少なく、下に行くほど多いことが分かります。三角形の横幅が情報量です。
※IT業と言われれば、農業や建設業とは違うと分かりますが、詳細な情報は具体化が必要、という見方をします。
抽象と具体の上下の関係性は、言葉自体の「複雑さ」や、「理解者の数」も該当します。「IT業」のすべてを理解している人は少ないと思いますが、より具体側の言葉「PG(プログラマ)」など個別のプログラム言語に精通している人材はより多いことが分かります。
さらに、この三角形の上下には「川上」から「川下」という意図もあります。三角形の上から下は、上流から下流に流れていくイメージです。下流に行くにつれ、より水量が多くなっていく、より具体的になっていくというわけです。
IT業界におけるシステム開発工程もこの流れです。プロジェクトは少人数で開始し、
要件定義 ⇒ 基本設計 ⇒ 詳細設計 ⇒ 構築・開発 ⇒ テスト ⇒ リリース
と、関わる人数が増え、内容も具体的になっていきます。
※リリース後は「ユーザ数」ととらえてください。
また、会社組織もこの三角形です。ピラミッド型組織という言葉の通り、この三角形がモデルになります。
トップの経営層は人数が少なく、中間組織のマネジメントの人数はより多く、従業員はさらに多い、というピラミッドになります。
会社組織の場合も、川上から川下へ指揮系統が流れているというイメージですし、経営層よりも担当者レベルの従業員のほうが、より仕事が具体的な内容です。逆にピラミッドの上部に行くにつれて、抽象度の高い仕事をこなさなければなりません。
抽象度の高い仕事の中にも、「具体→抽象→具体」を繰り返す必要があります。抽象度の高いポジションほど、具体を忘れてしまいがちになることは、抽象の罠です。当記事で説明したように、具体と抽象は相対的な概念ですから、「仕事」という同じ言葉でも経営層(川上)と担当者(川下)では意味合いが異なります。
相対的に異なる意味を持つ可能性がある言葉を選ぶ際には、相手のポジションに目線を合わせて抽象度を下げる(より具体的にする)よう心がけましょう。
抽象と具体のトレーニング
このように、抽象と具体の三角形は、他にも身の回りにたくさんあります。
「日本語」→「ひらがな」→「文章」などの”言葉”自体もそうですし、
「社会」→「国」→「地域」→「家庭」なども該当します。
抽象と具体が、如何に身の回りの世界を形成しているかはこの本の中で語られます。
この書籍のポイントは、目の前の具体を抽象化し、さらに具体化することで、問題解決やより良い改善を見つける能力をトレーニングすることを趣旨としています。本書には段階的に「具体→抽象→具体」を遷移する思考ゲームのような問題が設けられており、読み進めるうちに深く理解できるよう構成されています。
コミュニケーション上の問題を防ぎ、業務の生産性や、技術やシステムを構造的に理解することに役立つ思考力が付くと思います。
「具体⇔抽象」トレーニング 思考力が飛躍的にアップする29問 (PHPビジネス新書)